自己実現、やりたいこと

祈りの力で、人生が動いた日②

「神様に向かって、祈る」って
こんなにもすごいことなんだ、と気づいたのは、それから数年後のことなのですが。

2013年の秋。
たまたま足を踏み入れた、南米ペルーのクスコの教会で
熱心にお祈りしている地元のみなさんに混ざって、
「神様に向かって、祈る」ということを、してみました。

「どうか○○しますように」

このとき、何を祈ったかは詳しいことは覚えていないんです。
でも、「どうか○○しますように」ということを考える機会を持てたことが
人生を動かすことになったんです。

「どうか○○しますように」というリクエストをするときには
・私は、何がしたいんだろう
・私は、何がほしいと思っているんだろう
・私は、どういう状態を望んでいるんだろう

ということを、引っ張り出してくることになるんです。

自分の中の秘めた願いを、引っ張り出してくることになるんです。

40歳過ぎて、人生が行き詰っていた時期でした。
もう代わり映えしない状況が延々続いていくだけなのだろうと
自分の人生を諦めかけていた時期でした。

「どうか○○しますように」というリクエストをする機会を持ったことで
自分の心の奥にあった思いを、引っ張り出してくることができたんです。

最初のうちは
「どうか、私の周りの人たちが幸せでありますように」
そんなお願いでした。

「○○さんが、幸せでありますように」
「どうか、世界が平和でありますように」
そんなお願いもしました。

そのうちに
「どうか、私の力を活かすことができますように」
「どうか、私の力を活かして、たくさんの人の人生をよくする何かができますように」

そんな願いが出てきたとき、
「あ、そうだ。ずっとこれがしたかったんだ」
そう、思いました。

「どうか○○しますように」と祈ることで
自分の中から、引っ張り出すことができるんです。
ほんとうはずっと持ち続けてきた
自分にとって大切な想いを。

もう40歳過ぎちゃったし、仕事もぜんぜんうまくいってないし
自分の人生、かなり終わっちゃってるよな。
表面意識では、そう思っていたとしても。

心の奥に、ずっと持ち続けているものなんです。
自分にとって、ほんとうはとても大切な、想いを。

その炎が、たとえ小さくなっていたとしても
決して消えることなく、心の奥にずっとあり続けていたりするのです。

祈ることは
<願い>をもう一度、持っていいのだと。
自分に許可を出すということなのかもしれません。

神様の前にひざまづいて
「どうか○○しますように」と唱えるそのたびに
自分の中から「こうなりますように」「ああなりますように」というものが
次から次へとあふれ出します。

それは、ずっと昔、若いころに抱いていた願いだったり
もう無理だろうなと諦めていたことだったり
漠然と感じていたものの、長い間、眠っていたものだったり。

真剣に、祈れば祈るほど
まるで連想ゲームみたいに
「こうなりますように」
「ああなりますように」
「こんなことできますように」
想いがどんどんあふれ出します。

真剣に、そして自由に、祈ります。
「どうか○○しますように」

制限をかけず、自由に。
できるとか、できないとか一切考えず、自由に。

思うままに、自由に。

ペルーのクスコの教会で
小一時間ほど、お祈りしていました。
とても気持ちがよかった。
いつまでも祈っていたいほど、気持ちがよかったのです。

そのときを境に……
私の中の止まっていた時間が、動き始めました。

もう、いまさら何をやっても遅いよと、諦めかけていた。

それでも
ずっと長い間眠っていた情熱が、
ふたたび、動き始めたのです。

(続く)

祈りの力で、人生が動いた日③ 南米ペルーのクスコの教会で、初めてお祈りをした日からずっと止まったままになっていた人生が、動き始めました。 旅行から戻ってしばら...
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中村陽子/心理カウンセラー
中村陽子/心理カウンセラー
カウンセリングサービス所属。恋愛、婚活、片思い、復縁、生き方、自己実現などなど……年間600件のご相談を受けています。「このままでいいのかなと、もやもやする……」そんなときは電話カウンセリング(45分間/初回無料)もお気軽に使ってみてくださいね。ツイッターでも幸せをつかむマインドづくりのコツつぶやいてます@nakamurayoko70